自業自得は良い言葉

2019年12月2日

自業自得・・・自分の行いの報いを自分が受けること

悪い場合に限って使われることの多い言葉ですが、そういうわけではなく、因果の道理についての言葉だとわかります。

仏教が教える因果の道理はとても単純です。

善い原因は善い結果を生む。

悪い原因は悪い結果を生む。

善い結果であろうが、悪い結果であろうが、自分自身の行為によって決まる。

ただそれだけなのです。(縁の話をしていないので、言葉足らずですが)

ここまでの話であれば、誰でも聞いたことがあるようなお話。

 

この自業自得という言葉からの私の学びは、うまくいかなかったことが自分自身の原因であるならば、うまくいくことも自分自身で出来るということ。

創意工夫、試行錯誤、アップデート

言葉はなんでもいいですが、上手くいかなかったことを、自分が原因であると問題提起しなければ、うまくいくこともないという理解も得られるはずです。

後、上手くいかない原因について、善悪という基準で判断してしまいがちじゃないですか?

「自分が悪かった」と。

私は、『悪かった』という表現よりは、『下手であった』という表現の方がしっくりくるように思います。

上手か下手か。

下手であるならば、上手くいく方法を学べばいい。

 

先日、娘と電気屋さんに出かけた時のこと。

私が色々と商品を見ていたら、娘から

「お父さん、これ買って欲しい」

と一言。

近頃、どこかへ行くたびに物をせがまれます。

私は、あまりホイホイと子供の言うことを聞いて、欲しいものを買い与えるタイプの父親ではないのですが、ふと妙案を思いついたので、子供に話してみることに。

私「お父さんに言葉でお願いするだけじゃなくて、どうしたらお父さんが堯愛(娘の名前でタカラと読みます)に買ってあげたいって気持ちになるか考えてみて、それを行動に移してみたらどう?」

こんな風に問いかけてみました。すると

娘「お父さんのお手伝いとかしたらいい?」

私「してくれたら嬉しいし、そういう気持ちが芽生えることもあるよね」

娘「わかった」

私「でも、欲しいものを買ってもらいたい時だけお手伝いするんじゃなくて、日頃から誰かの役に立とうと思って行動していたら、堯愛が何かしたいと思った時に、きっと助けてくれるし、力になってくれると思うよ」

娘「そうなんかな?」

私「友達が堯愛に対していつも親切にしてくれてたら、堯愛もその友達には親切にしたいって思うでしょ?」

娘「うん、思う」

私「大事なことやよね」

娘「わかった」

 

自業自得のプチ授業になりました(^ ^)

自業自得、良い言葉ですね。